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学校の名所

校    歌

           作詞 萩原昌好
         作曲 西原匡紀
1  紫匂う 埼玉の
  深谷の郷の 学び舎に
  地味豊饒の 栄え享けて
  若人我等 励むなり
  高く心を 持てよと
   ああ上柴 上柴中学校

2  秩父赤城を 見はるかす
   広陵緑野の 地平線
  ここ武蔵野の まさなかに
    建てん 真理の碑を
    広く心を 究めよと
      (おお朋だちよ)
       まずもろともに
      輝く宇宙の微塵となりて
      無方の空へ 散らばろう

3  現在 生命の一瞬に
    みなぎる意志と 力あり
  研鑽尽きせぬ 道程を
   三年に托す 友と我れ
  深く心を 求めよと
      ああ上柴 上柴中学校

 

校歌の伴奏

あいさつ

【校長あいさつ】 校長 森田 豊 
 深谷市立上柴中学校ホームページにようこそ。
 令和8年度も引き続きお世話になります、校長の 森田 豊です。どうぞよろしくお願いいたします。
 上柴中学校は、深谷上柴ニュータウンの誕生とともに開校し、今年、43年目を迎えました。
 校歌の一節に「銀河鉄道の夜」で知られる童話作家・宮沢賢治の言葉を有する学校です。
 予測困難な時代ではありますが、多様性とそれを包み込む寛容性を兼ね備えた「上柴地区」の特徴を生かし、
 元気あふれる生徒たちとともに、
生徒の夢・志の実現を目指して教育活動に取り組んでまいります。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

  ※上柴中学校校歌はこちら➡
上柴中校歌.pdf   伴奏はこちら➡上柴中校歌伴奏 
   2番と3番の間の歌詞(おお朋だちよ~)が宮沢賢治さんの言葉になります。
 

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2026/09/02

上柴中学校 校歌に刻まれた言葉の故郷・岩手県花巻市を訪ねて

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上柴中学校 校歌に刻まれた言葉の故郷・岩手県花巻市を訪ねて
 上柴中学校の校歌には、『銀河鉄道の夜』や『注文の多い料理店』で知られる詩人・童話作家、宮沢賢治の言葉が使われています。
 今年の夏、私は校歌に刻まれたその言葉の故郷を訪ねるため、宮沢賢治のふるさとである岩手県花巻市を訪れました。
 現地で見聞きしたことを通して、校歌に込められた思いを改めて感じることができましたので紹介します。

■ 岩手県花巻市へ
 岩手県花巻市は、深谷市からおよそ500km、車で約6時間の場所にあります。
 花巻市は、かつて盛岡藩南部の要衝として栄えた花巻城の城下町であり、職人のまちとして発展してきました。
 私が訪れた7月末は、甲子園出場校が決定した直後で、街を歩いていると、「祝・花巻東高校甲子園出場」のポスターやのぼり旗が目に入りました。
 今年の甲子園でも活躍した花巻東高校ですが、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手、菊池雄星選手の母校として知られ、市内には記念碑も建てられ、
 多くの人が訪れていました。
 それと同じように目立っていたのが、「宮沢賢治生誕130周年」のポスターやのぼり旗でした。

■ 宮沢賢治記念館
 宮沢賢治の関連施設は、県内外にありますが、花巻市では北上川周辺と市東部の山あいにありました。
 宮沢賢治童話村やイーハトーブ館、『注文の多い料理店』に登場するレストランと同じ名前を持つ「山猫軒」もありました。
 そして、その先に賢治についての多くの資料を展示している「宮沢賢治記念館」がありました。
 中に入ると、最初に目に飛び込んできたのが、上柴中学校の校歌にも引用されているこの言葉でした。
「まづもろともに 輝く宇宙の微塵となりて 無法の空へ散らばろう」
  

■ 農民芸術概論の碑
 後にもふれますが、「まづもろともに~」の言葉は、宮沢賢治が「農民芸術概論」の中で使ったものです。
 「銀河鉄道の夜」の作者らしい言葉だと思いますし、記念館の冒頭に展示されている意味もわかります。
 そして、この言葉を記した石碑が、花巻市から車でおよそ1時間離れた一関市東山町に建てられています。
 金色堂で知られる中尊寺の近くにある町ですが、ここでは当時から石灰岩が採掘されていました。
 宮沢賢治は35歳のとき、この地にあった旧東北砕石工場で技師として働いており、石灰石を利用した肥料
 づくりや、その普及・販売に力を尽くしました。
 この石碑は、その功績をたたえて建てられたもので、全国に数ある賢治の石碑の中でも2番目に古いのだ
 そうです。
 ちなみに、石碑の文字を書いたのは、宮沢賢治と親交のあった哲学者の谷川徹三です。 
 徹三は、「生きる」「朝のリレー」などで知られる詩人・谷川俊太郎さんの父です。
 

■ 宮沢賢治の弟・清六さんの手紙
 上柴中学校 校歌の作詞を担当したのは、国語学者で宮沢賢治の研究で知られた埼玉大学教授(当時)の萩原昌好先生でした。
 新しい学校の校歌を依頼された萩原先生は、ぜひ、宮沢賢治の言葉を使いたいと考え、宮沢賢治の弟である宮沢清六さんに許諾をお願いする手紙を書きました。
 宮沢清六さんは、実業家として活躍する一方、兄・宮沢賢治の全集編纂や作品管理に長年携わった著名な研究者でもありました。
 その依頼に対し、清六さんは引用を許可してくださり、次のような言葉を添えてくださいました。
「この校歌の深い意味を上柴中学校のみなさんが今後もよく学習されて、これからの宇宙時代への立派な人材が生徒諸君の中から輩出することを信じ、
 そのことを心から祈念します。」
※この時の手紙(写し)は、現在も校長室前の掲示板に掲示しています。上柴中学校の校歌に込められた思いや、宮沢賢治の言葉の重みを感じることのできる貴重な
 資料です。学校を訪れた際には、ぜひご覧ください。

■ 今年は校歌制定40周年
 今から40年前の昭和61年(1986年)2月21日、上柴中学校の校歌が制定されました。
 制定に先立ち、同年2月3日には体育館で「校歌発表会」が行われ、作詞者の萩原昌好先生、作曲者の西原匡紀先生をお招きしています。
 西原先生には混声三部合唱の指揮を、萩原先生には講演をお願いしたことが、当時の学校広報誌『はなみずき』に記されています。
 その時の講演会で、萩原先生は、校歌に込めた思いについて次のように語っています。
「今、中学生諸君にもっていただきたいことは、しっかりとした『自分』であり、さらに未来を担うに足りる社会的意思であります。(中略)
『高い心』『広い心』『深い心』。あえてこの三つに絞ることにしました。何よりも現状に安んずることなく、自分を高いところから見つめることができるように。
 そして郷土にしっかりと根を下ろしながら、広く世界を見渡すことができるように。さらに、自らを省みながら成長し続けることができるようにと願ったからです。
 そのために、私の最も尊敬している、詩人・童話作家・科学者であり、すぐれた教師でもあった宮沢賢治の詞を挿入することにしました。
 校歌のこの一節は、賢治の『農民芸術概論』に出てくるものですが、
賢治の言葉の中でも良く知られた言葉で私の好きな言葉でもあります。はじめの「おお朋だちよ」の言葉も賢治の言葉ですが、言葉のつながりを良くするために使ったもので、同じ『農民芸術概論』の別のところから引用しました。きっと皆さんにも気にいっていただけるものと思います。」

 校歌に刻まれた言葉の故郷を訪ねる旅を通して、私は改めて宮沢賢治を身近に感じるとともに、すべての人の幸せと世界平和を願い続けたその生き方に深く心を動かされました。
 上柴中学校の生徒の皆さんには、宮沢賢治の言葉を校歌として歌い継ぐ学校の生徒、そして卒業生として、その言葉に込められた願いを大切にしてほしいと思います。そして、「高い心」「広い心」「深い心」を育みながら、自らの可能性を広げ、それぞれの未来に向かって輝き続けてくれることを願っています。

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